自動車の未来

「自動車の未来」(この文章は、以前Amebloに掲載していたものを翻案したものです)

8月、照りつける真夏の日差しが眩しいある日、井口は、岐阜県の田舎から出てきた中学生時代の友人の原と秋葉原で待ち合わせしている。午前11時30分、JRの改札で待ち合わせていると、すっかり白髪になった原が改札から現れた。

「いよー、久しぶり。元気やったか?」大柄な原が右手を挙げながら声を掛けてくる。「おお、お前こそ、どうや。すっかり真っ白になったなぁ」と井口が応える。旧友につられて井口も田舎弁になる。原は、田舎で小・中学校の教師をしていたが、定年となったのち、非常勤講師として働いている。今回は、田舎の学校での事例をつくばにある教員研修センターに1泊2日で教えに来たとのこと。

近所に予約してあるレストランを目指して二人で歩き始めた。昭和通りに面した交差点で信号待ちをしていると、原が今気付いたかのように、「クルマがたくさん通っておるのに、ずいぶん静かやなぁ」と不思議そうにつぶやく。そう言われて井口もいつもは聞きなれたクルマの音に耳を澄ませてみる。「ああ、ほんとやなぁ」と、一呼吸おいて「ハイブリッド車や電気自動車が増えたせいじゃないか」と思いつく理由を言ってみた。「ああ、そうか。この間、東京じゃあ、ハイブリッド車と電気自動車を合わせた販売比率が5割を超えたと出ていたなぁ。新車がそれ位やから、今目の前を走ってるクルマの結構な割合がそういうことにあるなぁ」と原が最近のニュースを思い出して語る。「どうだろう。2割くらいかな。ハイブリッド車もこれ位の市街地だったらモーターで走行しているから、ほとんど音がしないんじゃないか」と井口は推測を述べてみる。

2008年のリーマンショック以降、地球温暖化対策の一環としてクリーンエネルギーシフトが急速に進み、ガソリン使用量が少ないハイブリッド車やガソリンを全く使わない電気自動車が次々と現れた。自動車メーカーも日本のメーカーを筆頭に開発にしのぎを削り、2009年からは電気自動車の量販車が発売された。

また軽や小型車を専門にしている会社は、小型エンジンに過給機を付けてパワーを出し、燃費を稼ぐ方式も開発した。その結果、ガソリン車の燃費は、急速に上がり、今やリッター30キロは当たり前である。ハイブリッド車は、エンジンとモーターを組み合わせるため、複雑になり、コスト高がネックになっていたが、エンジンとモーターが一体になったものが開発され、コストダウンが進んだため、普及率が上がった。電気自動車も電池のコストが高いのが普及のネックになっていたが、量産化と技術開発が進み、ガソリン車よりも若干高い程度の価格に抑えられてきた。こうして低燃費、低公害の自動車の比率が飛躍的に高まった。

「あっ、あの水滴点々は、きっと燃料電池車だよ」と井口が指をさす。その先には、クルマが通った後に道路に細い水滴の線が見えた。「そうかぁ、岐阜の田舎じゃ燃料電池車にはお目にかかれんが、東京じゃ、走っとるんやなぁ」と、原は物珍しそうに見ている。燃料電池車は、水素と酸素を反応させてエネルギーを取りだすので、排気ガスには水蒸気しか含まれていない。まったくクリーンな車だ。

「排気ガスが少なくなって、東京の空もきれいやないか」と原が信号の変わった交差点を横切りながら、入道雲の湧きあがる夏空を見上げつぶやく。「そうやなぁ、東京でも幹線道路沿いの喘息患者が最近10年前の10分の1以下に減ったらしいよ」と井口が歩きながら相槌を打つ。

「お前は田舎でクルマは何に乗ってるの?」と井口が尋ねると、「オレは、ハイブリッドよ。電気自動車もええけど、長距離を走る時は充電に時間が掛かるからなぁ。田舎の通勤位なら、ハイブリッドでも月に一度位の給油で済むわ。ガソリンも高ぁなったけど、月に一遍位やったら、そう気にならんでな。井口は、クルマはどうしてるの?」と原。「ふだんはクルマは使わないなぁ。必要な時はもっぱらレンタカー。レンタカーも最近は電気自動車だよ。乗ってて静かでいいなぁ。昔の音楽なんかいい音で聴けるよね。近距離だと充電のことも気にせずに使えるからいいよ。オレも昔自動車メーカーに勤めていたけど、その頃のことを思うとずいぶん変ったよなぁ」と感慨深げな井口である。

このようにクルマもクルマ社会も10年前とは様変わりの昨今である。

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