(この話は、10年後の望ましい将来像を語ったものです。)


「職場復帰するヤングママ」
4月、桜が満開の今日は、井口の孫の理沙ちゃんの保育園の入園式である。「理沙ちゃん、今日から保育園だね。」と井口が声を掛けると、「うん」と少し不安げな表情で頷いた。理沙ちゃんは、まだ3歳になったばかりである。「大丈夫よ。やさしい先生ばかりだから。」と、理沙ちゃんの手を引いて、母親の真理子さんがみ込んで話しかける。「真理子さんも、早く職場復帰ができてよかったじゃないか。」と喜びを伝える井口。「少し前まで待機児童が多くて問題になっていましたからね。私もどうなることかと心配していたのですが、待たずに入れてよかったです。」と安どの表情の真理子さん。

一人息子の凌太郎が、職場で知り合った真理子さんと結婚して、4年になる。息子は大学を出るのが少し遅れたが、福祉機器関係の会社に入社し、今は、知能を備えた福祉機器の開発にいそしんでいる。そして、結婚してすぐに子供ができた。その子が理沙である。真理子さんは3年間育児休業をしていたが、前に勤めていた会社に復帰することができた。

「理沙ちゃん、それじゃあ記念写真を撮ろう。」と井口がデジカメを取り出して、構えた。大きな桜の木がある校門の前で、真理子さんと手をつないだ理沙ちゃんの写真を撮った。

門を入って、校庭を歩きながら、井口が話しかける。「ここは、昔、凌太郎が通っていた小学校でね。6年間お世話になったんだよ。いろいろと思い出があるねぇ。」と井口が感慨深げに話す。「でも、杉並区が待機児童対策で認可保育園を増やすために、生徒数が少なくなった小学校の校舎を改装して、一部を認可保育園にしてくれたおかげで、こうして理沙を預けることができるようになって、助かります。」と真理子さん。「そうだねぇ。凌太郎の頃でも小学校の生徒数が減って、クラス数が少なくなっていたからね。空き教室を地元のサークル活動などに貸していたけど、やはりこうしたニーズのあることに使ってくれるといいよね。」と井口。

ここ杉並区は、井口親子が20年以上住んでいた場所である。家内の親と近くに住むために三鷹に引っ越したが、凌太郎は、結婚して独立するに当たって、住み慣れた荻窪にマンションを借りることにしたのである。

10年前は、他の町と同様、杉並区も待機児童問題に揺れていて、若いお母さんたちが、なかなか解消しない待機児童問題に対して、区に行政不服審査法に基づく意義を申し立てを行って、話題になった。これを受けて、国や都、区が連携して認可保育園の設置基準を緩和するとともに、株式会社も保育事業に参入できるようにするなど、もろもろの対策を打った。そして、この小学校の改修に見られるように、区や都が持っている土地や施設の有効利用が行われるようになった。孫の理沙が生まれてから、真理子さんは、早く手を打とうと、区に保育園への入園を申請していて、今回、それが申請通り認められて、晴れて入園式となったのである。

玄関は小学校とは別になっていて、保育園用の校庭も別にある。建物の中に入ると、先生方の出迎えがあった。「あーら、理沙ちゃん、いらっしゃい。今日から、私たちといっしょに楽しく遊びましょうね。」と明るく元気な声で、理沙の目線の高さに合わせて保育園の先生がしゃがみこんだ。理沙は、少しびっくりしている。それを見て井口は、「たぶんだんだん慣れていくんだろう。凌太郎の時のように。」と心の中で呟いた。

園長先生から、施設の説明があった。「ここには、あのようにライブカメラが付いていまして、親御さん方が、自宅や仕事先からインターネットでみられるようになっています。そして、急ぎや必要な場合は、パソコンのテレビ電話でお母さんたちとも通話できるようになっていますので、どうぞご安心ください。」と、天井の方を指さして、説明してくれた。「じゃあ、おじいちゃんもたまに覗いてみるかな。」と井口は茶目っ気を出して話した。「まあ、お父様にはなるべくご迷惑をおかけしないようにしますので。ただ、万一何かありましたら、よろしくお願いします。」と真理子さんは礼儀正しい。「ああ、僕は自営業だからね。勤め人のあなたと違って時間の自由がきくから、いつでも言ってよ。」と援助可能なことを申し出る井口であった。

今日の入園式は、父親の凌太郎も、井口の家内の由紀子も都合があって出られないので、少し変な取り合わせだが、母親の真理子さんと祖父の井口という組み合わせになった次第である。

「さあ、皆さん、こちらにどうぞ。」と園長が、家族ともども入園式を行うコーナーに案内していく。いよいよ入園式が始まる。