前回、私は「将来像」がイメージできるようになっている必要があると論じた。例えば、居酒屋チェーンワタミの渡邉美樹社長は、「夢に日付を!」で有名である。彼は、「私の『夢カード』には、私の夢や目標がびっしりと書き込まれています。(中略)私にとって大切なのは、数字を見ることをスイッチにして、その目標が達成できた光景を繰り返しイメージすることです。こうすることで夢や目標を、潜在意識の中にどんどん刷り込んでいくのです。」(「夢に日付を!」渡邉美樹著)と唱えている。彼も将来像にはイメージが重要なことを説いている。
では、具体的に帝人のブランドステートメントを例にとって、概念的な表現とストーリーによるイメージ表現の違いを見てみよう。

帝人グループのブランドステートメントは、’Human Chemistry, Human Solutions ’である。同社のホームページに以下の説明が載っている。

テイジンブランドの約束を“Human Chemistry, Human Solutions”と表現します。この約束は、「人と地球環境に配慮した化学技術の向上と、社会と顧客が期待している解決策を提供することで本当の価値を実現すること」を意味しています(帝人ホームページより)

これを読んで、読者の皆さんには帝人が目指すブランドイメージが湧いてくるだろうか?たぶんその答えは「否」だと思う。理由は、イメージが湧くような表現が使われていないからである。このように概念的な説明は、いくら詳細に行っても決して読む人にイメージを湧かせることはできない。

それに対して、「ビジョン・ストーリー」の手法を用いて上記のブランドステートメントをもとにイメージ化したお話を紹介しよう。これは私の創作である。

「201X年10月、帝人グループに勤める加藤久課長は、虎ノ門病院の脳神経外科の診察室にいる。小学校5年生の雄太の運動会に出ていて、転んだ際、左手を強く打った。当初、彼はそれを打撲と思っていた。しかし、数日しても小指が思うように動かない。自宅のある武蔵小金井の近くの街医者に行って診察してもらうと、医者は「神経が切れている恐れがありますので、専門の先生がいる病院をご紹介します」と云った。そのため、彼はここに来たのだった。「左指の付根の神経が断裂していますね」と臼井医師が、パソコンからレントゲン写真の画面を映し出しながら説明する。「もとに戻るでしょうか?」と心配そうな表情で加藤が尋ねる。「神経接続手術をすれば、1ヶ月ほどで元に戻りますよ」と臼井医師は、加藤を落ち着かせるような話し方で応える。加藤は、少しほっとした。臼井医師の説明によると、神経が切れた部分を切開し、断裂した神経を、最近開発された管状のナノテクファイバーでつなぎ、埋め込むだけでいいという。

それを聞いた加藤は、嬉しくなった。「最近は、そんな技術があるんですか!進んでますね」と彼は弾んだ声を発した。すると、臼井医師は、頷きながら、「これ、加藤さんがお勤めの帝人さんで開発した技術ですよ。帝人はこの技術の特許もとっているようで、この技術は海外でも使われ始めているそうですよ」という。「えっ!?うちの会社の製品ですか?知らなかったなぁ。うちの会社も、けっこういいことやってますね」と加藤は、照れくさそうに応えた。「私は、これを使って、ずいぶんたくさんの方の神経をつないできました。みなさん、直って喜んでくれましたよ」と臼井医師が付け加える。

手術は、1週間後に行なわれ、その日のうちに加藤は退院することができた。切り口が少し疼くが、小指がまた動くようになることを思えば、それは我慢できる痛みだ。加藤は、怪我した小指がまた動く日を期待しながら、「治ったら、ぜったい『帝人の製品のお陰で直ったんだ』って、みんなに自慢してやるんだ、と心に誓った。すると、彼の頭の中にふっと、HumanChemistry, Human Solutionsのフレーズが浮かんできたのであった。」

いかがだろうか?皆さんの頭の中に虎の門病院での様子が浮かんできただろうか。実際にこのストーリーの朗読を聞いた人たちからは、「イメージが湧きました」「実感を持って聞けました」「帝人に好感が持てました」等のコメントを頂いている。

このように将来像については、概念的な説明をいくら積み重ねても聞く人にイメージを湧かせることは難しく、逆にストーリーでもってイメージを形成し、伝えることの方が効果的なのである。

このコラムは、雑誌「ビズテリア経営企画」に連載した「ストーリーテリングで人を動かす」10回シリーズを再掲しています。