先日、米国のストーリーテリング研究者が来日して、日本におけるストーリーテリング実践者に会いたいとのことで会った。彼曰く、米国では、企業においてストーリーテリングの活用が盛んであるが、往々にして語り手から聞き手への一方的なストーリーテリングになってしまっていることが多いという。たとえば、社長が新年の方針説明をする際にストーリーテリングの手法を活用して、「私は、このような風にして(ストーリーを語りながら)、かくかくしかじかの成果を君たち従業員諸君が上げることを期待している」というような話し方をする。すると、聞き手の側からすると、「それは、社長、あなたにとって都合のいいストーリーであって、私たちにとってはちっともいいストーリーではないじゃないですか」ということが往々にして起こる。そうすると、社長がせっかく一生懸命ストーリーテリングをしても、社員が動かないということになってしまう。一方的なストーリーテリングは、必ずしも共感や望ましい行動を引き起こさないのである。
今回の連載で紹介してきた「ビジョン・ストーリー」は、この前に紹介した7つの使い方のうち特に、1.経営ビジョン設定・中期経営計画策定、2.組織の将来像設定/組織風土改革の2つの分野で大きな効果を発揮する。というのも、実は、我々は「ビジョン・ストーリー」を作るプロセスに、関係者が共有できる考え方と仕掛けを組み込んでいるからである。つまり、単にストーリーの作り手から聞き手への一方的なメッセージとならないように、関係者が共同でストーリー作りをするようにしている。また、出来上がったストーリーが主要な利害関係者で共有できるように、入念な確認と作り込みを行うなどのことをするのである。このため、いわゆる本音ベースでストーリーが共有できる、ベクトル合わせができる。

私がひとしきりこうした特徴を説明すると、かの米国人の研究者は、「これこそ現在の米国でも必要とされているものだ」と共感してくれた。そして、そうした会話の中から生まれてきたのが「ストーリーシェアリング」(Storysharing=ストーリーを共有する)という言葉である。この言葉が生まれた時、私は、大変いい言葉だとその場で直感した。単に独りよがりの、個人が実現できたらいいな的なストーリーを語るのではなく、仲間とともに望ましい未来について同じストーリーを共有し、その実現に向けて手を携えて協働できる。これこそが企業や組織で求められていることなのではないか。先が見えにくい世の中であればこそ、ともに考え、アイデアを出し合い、本音を分かち合って、望ましい将来像をストーリーにする。言ってみれば、連載の第1回で話したロボット研究者にとっての鉄腕アトムの話のように、自社・自組織にとっての「鉄腕アトムの話」を持つべきではないか。そうすれば、みな一丸となって望ましい将来像に向けて邁進できるのではないか。

ストーリーテリングは米国で盛んに行われるようになっていて、日本はまだこれからという段階であるが、ストーリーを語ることにおいて日本人は決して遅れているわけでも、劣っているわけでもない。

以前見たように、原始時代から日本には「古事記」というれっきとした神話があったし、「源氏物語」は世界最古の長編小説である。近世、現代においても多くの物語や小説が書かれ、川端康成や大江健三郎はノーベル文学賞を受賞している。また、近年は、ハリウッド映画が日本のアニメや漫画に興味を示し、続々と実写版等の形で映画化され始めている。世界中を探しても、毎週これだけ多くの漫画(ストーリー)が出版されている国はない。だから、日本人は、国民性として、ストーリーを作り、ストーリーを楽しむことについて適性が充分にあるということは明らかである。

あとは、国民一人ひとりが、単なるストーリーの消費者で終わってしまうのではなく、ストーリーの作り手、語り手になれればいいのである。そのためには、ストーリーテリングの効果性に気づき、ストーリーテリングのスキルを少しだけ身につければよいのである。筆者からすれば、それは、カラオケで上手な歌を歌うことよりも易しいことではないかと思える。カラオケが日本発で世界に広まったように、この新しいストーリーシェアリングの手法も世界に広げられる日が来るといいと思う。(了)

このコラムは、雑誌「ビズテリア経営企画」に連載した「ストーリーテリングで人を動かす」10回シリーズを再掲しています。